金のしゃちほこ


「尾張名古屋は城で持つ」と言われます。



その名古屋を象徴する物と言えば、名古屋城の天守閣を飾っている金のしゃちほこです。



しゃちほこは、火除けの呪いとして作られましたが、後に城主の権威を現すシンボルになりました。



名古屋のしゃちほこは木の芯に鉛の板を張り、その上を銅板で覆い、最後に慶長大判を延ばして作るという手が込んだ物でした。



純度は48%と高く、東海道や美濃街道からも見えたと解説書にあります。



まさに、尾張徳川家の権威を天下に輝かせていたと言えます。



ただ、残念な事に第二次世界大戦で焼失し、現在のは昭和34年10月に再建された物です。



ところで、このしゃちほこにはどのくらいの金が使われているのでしょうか。



しゃちほこは雄と雌の二体があり、使用している金の量が異なっています。



北側が雄で44.69キログラム、南側が雌で43.39キログラムの金を使っています。



雄の方が1キログラム以上重いそうです。


金の伸びる性質について


は1グラムでどの程度伸びるものなのでしょうか。



は大変細く伸ばす事が出来、最小で直径0.005ミリの線にする事が出来るといわれています。



そこで、ここまで細くした場合には長さはなんと3000メートルにもなります。



現存する世界の金の量は10万6000トンと言われています。



この線をすべて金線にすると3180億キロメートルになります。



地球と太陽の平均距離は1億4960万キロメートルなので、太陽との間を1063回も往復できる勘定です。



このように延ばしたり、広げる事を展延(てんえん)と言いますが、金は金属の中で最も展延性に優れており、工芸品によく使われる理由の一つです。



この面でもはまさに「金属の王」に相応しい存在とも言えるでしょう。


金を溶かす王水とは


は、酸にもアルカリにも侵されず、錆びる事もない。



金はまさに千古不滅の金属ですが、そんな金にも大敵があります。



それが王水です。



王水は、濃硝酸に濃塩酸を混ぜて作る物です。



王水は金や白金を溶かす事ができ、溶剤としては地上最強の物です。



「これこそ水の王である」と言う所から「王水」と名付けられたとも言われています。



それにしても、金はまさに地上にある金属の王とも言える金属ですが、それを溶かせるからと王水とは実にうまく名付けたものです。



もっとも、一般には知られていませんが、王水以外にも金を溶かせる溶剤があり、青酸カリで知られるシアン化カリウムです。



価格が安い所から、金の精錬には使われていますが、環境問題を起こしやすく時々問題になります。



将来は金の生産の足かせになるかもしれません。


御金蔵破りについて


警戒厳重な城中に忍び込んで大判、小判を頂戴する。



いわゆる「御金蔵破り」は時代劇の名場面ですが、そうは多くなかったようです。



見つかれば、打ち首、獄門は免れません。



第一、大名は貧乏で、商人からお金を借りていた所が多く、御金蔵に押し入っても大した物は取れず、割が合わないと言う事が泥棒にも分かていたのでしょう。



とは言っても、御金蔵破りが全くなかった訳ではなく、いくつか報告されています。



その内、おそらく最大な物は享保19年に甲府城の金蔵を襲ったものではないでしょうか。



この御金蔵破りでは二千両が奪われたと記録に残っています。



犯人は捕まりませんでしたが、この時は甲府勤番の交代制を狙ったと言われています。



それだけに、幕府の内実に詳しかった者の犯行と考えれています。



ただ、御金蔵破りは大名にとって極めて不名誉なだけに、あったとしても闇から闇に葬られた公算が大きいと思われます。



それだけに実際にはこれ以上多額なものがあったかも知れません。


金座跡地で大儲け


江戸時代、小判など金貨を造っていた所を銀座と言っていました。



その内、銀座は今や日本一の繁華街になっており、場所を知らない人はいません。



ところが、金座の跡は意外と知られていません。



金座は現在の日本銀行本店のある場所、東京都中央区日本橋本石町にありました。



日本銀行は設立当初、同じ中央区の小船町にありましたが手狭になり、金座の跡地を購入、そこに移転する事にしたのです。



ところが「金座の跡の土砂には金が混じっている」との噂が立ち、一獲千金を夢見て採掘を申し込む人が跡を断ちませんでした。



そこで、明治二一年、日本銀行の建物を建築する前に数社に採掘を認めたところ、が出てきました。



この時、採掘料だけでも当時の金で一千円が日本銀行に入りました。



最も、採掘された金の量はどの程度か、残念ながら分からないとのことです。



それにしても、金座の跡に日本銀行があるとは実によくできた話ではあります。


イノシシと金


戦前、日本人はイノシシに大変、親しみを持っていました。



と言うのも、イノシシを持っていけば、金と交換する事が出来たからです。



と言っても、本物のイノシシではありません。



十円札の事なのです。



かつて、十円札にはイノシシの絵が印刷せれており、俗に十円札の事をこう言っていたのです。



このイノシシには「この券引換に金貨拾圓相渡可申候」と言う趣旨の言葉が印刷されていました。



十円金貨と交換してくれると言う事です。



このように金貨と交換できるお札を兌(だ)換券といいます。



これも、当時、日本が「お札の発行量は金の保有量によって制限される」と言う金本位制をとっていた為です。



現在、日本は金本位制をとっていないので、お札はこのような分言は印刷されません。



最も、現在はお札を地金商に持って行けば誰でも自由に金を買う事が出来ます。



1973年に「金の輸入自由化」が実施された為です。



今、イノシシがあってもあまり大切にされそうにはありません。


世界最大の金貨


「金銀が野山から湧き出ずる」と唱われた桃山時代は日本の歴史上最も豪華絢爛だった時代でした。



世界最大の金貨もこの時代に造られました。



豊臣秀吉が造らせた天正長大判というのがそれです。



天正長大判は長さ約17センチ、幅は最大で約10センチで、楕円形をしています。



重さは44.1匁(165グラム)で、の含有率は約74%で一枚には約122グラムのが含まれている事になります。



しかし、これほど大きいと不便で専ら贈答用に使われていました。



この、天正長大判は重さの面でも長い間、世界一の座を保っていましたが、1991年ついに、その座を譲り渡しました。



オーストラリアがなんと1キログラムという大変重い「ナゲット金貨」を作ったからです。



重さでは世界一です。



最も、これも実用に適さず「金貨より地金といった方が良いのでは」と日本銀行は言っています。



この声に無念の響きが感じられないでしょうか。


金とカラットの関係


カラットというと何を思いうかべますか?



恐らく、あの光輝くダイヤモンドをまぶたの裏に画くのではないでしょうか?



ところが、カラットという単位はダイヤモンドだけでなく、金にも使われます



普通、指輪などを買うと裏にKの字が刻み込まれています。



このKの字がカラットを表しています。



金の場合は24カラットで純度が100%になります。



そこで、18K刻み込まれてあれば、指輪には24分の18の金が含まれている、と言う事を表しています。



また、ペン先などに多い14金は24分の14だけ金を含んでおり、純度は約58%です。



一般に金は純度が高いほど柔らかいと言われます。



この為、純度100%の金製品は柔らかくて変形したりキズが付くため売っていません。



地金はフォーナイン(純度99.99%)物が多いようです。



買う時は損をしないようKの字に注意してください。


金と錬金術


「金を作る事が出来ないだろうか」



これは人類の夢でした。



この夢の方法を練金術といいます。



練金術は紀元前3世紀、古代エジプトに始まりました。



その後、アラビアを経て中世のヨーロッパに伝わりました。



その根拠になったのが古代ギリシャの大学者アリストテレスの説です。



アリストテレスは物理は火・気・水・土からなり、その組み合わせを変えれば金は出来ると考えたのです。



もちろん成功した人はいませんが、これが基になって科学技術が発達近代科学の基礎になりました。



事実、塩酸や硝酸などもアラビアの練金術師が作ったそうです。



日本では練金術は流行ませんでしたが、明治時代、東大の実験室で水銀に電流を流したら金が出来たとされ大騒ぎになりました。



しかし、水銀の中に微量の金が含まれていた為でそうは問屋が卸さなかったようです。



金を作る確実な方法、それは「賢者の石」を見つけ出す事です。



これはあらゆる物質を金に変える石の事で、古来練金術師が必死で探し求めました。



まだ発見されてませんが、発見出来たら世界一の大金持ちになる事は間違いありません。


ゴールドフィンガーとは


ゴールドフィンガーとは、世界一金が集まっている所です。



そこは、米国ケンッタキー州にある「フォートノックス」です。



ここには米連邦準備銀行が保有している金や世界各国の政府から預かった金が集められていると信じられています。



フォートノックス金の保管所ができたのは1936年、フランクリン・ルーズベルト大統領の時で、以来、世界から安全を求めて続々と金が集まりました。



世界の金の半分が集まったと伝えられています。



1974年に報道陣に公開され、当時は1200トンの金塊が保管されていそうです。



007シリーズの「ゴールドフィンガー」では、原爆を爆発させて金を放射能で汚染させて使い物にならなくして、価格をつり上げようという陰謀が画されました。



ただ、残念ながらそうはいかないようです。



著名な金の研究家アンディ・スミス氏は「金はニューヨークの米連邦銀行地下の大金庫にあり、48時間前に申し出ればだれで見学できる」といっています。



さて、どちらが本当なのでしょうか。


佐渡の金山


「草木もなびく」と歌われた佐渡ヶ島。



佐渡へ草木をなびかせたのがこの島が産出した金でした。



関ヶ原の戦いの翌年1601年に発見され、江戸時代に産出量が急増。



佐渡といえば金山、金山といえば佐渡」と言う程に日本を代表する鉱山になりました。



幕府は慶長小判をはじめ各種の小判を鋳造しましたが、小判の鋳造には佐渡の金が大きな役割を果たしました。



ただ、生産には大変な犠牲が払われ、金を掘る時に大量の水が湧き出し、その水を汲み出すのが重労働でした。



これには諸国で罪を犯して佐渡に送られた人々が当たりましたが、環境が極めて悪く約3年しか生きられなっかたそうです。



「佐渡は生き地獄」と恐れられ、佐渡を脱出する「島抜け」は死罪だったにも関わらず脱出を図った人が跡を断たなかったそうです。



しかし成功の記録はほとんど残っていません。



江戸時代にこの島で産出した金の量は不明で、一説には約80トンとも言われています。



その約3分の1が運上金として、幕府に納められたとの事です。


ゴールドラッシュとカルフォルニア


ゴールドラッシュといえば昔から世界各地で引き起こされましたが、歴史上、最も著名といえば、米国カルフォルニアです。



カルフォルニアでゴールドラッシュが起こったのは1848年1月24日でした。



この日は米国とスペインの戦争が米国の圧勝に終わり、カルフォルニアを米国に編入するという講和条約が結ばれる9日前でした。



きっかけは、当時メキシコ領だったカルフォルニアのサクラメント川の支流アメリカン川で男性が水車を回そうと川底の土をすくい上げた所、光る物を見付けました。



これが発端となり、翌49年にはアメリカのみならず世界各地から人々が急増、50年にはカルフォルニアは州に昇格した程です。



現在サンフランシスコに「フォーティナイナーズ」というフットボールのチームは、その名の49という数字はこのゴールドラッシュの起こった年、1849年にちなんだものと言われています。



虎は死して皮を残す」と言われますが、ゴールドラッシュは消えてもアメリカンフットボールにその名を残した訳です。


金閣寺の総費用額


室町時代を代表する北山文化その象徴ともいえるのが金閣寺です。



三層の優雅な建物は繊細な日本文化の伝統を今日に伝えていますが、それ以上に心に焼き付くのが豪華な金の外壁です。



この金閣寺は足利義満によって1397年に建立されましたが、当時の建物は1950年に火災で炎上、現在の建物は昭和30年に再建されたものです。



費用は30年当時のお金で7億4000万円。



外壁に張った金の量は約20キログラムとの事です。



これを1グラム、1000円で換算すると、2000万円となります。



現在使われている金箔は通常の金箔より厚くなっています。



金箔の厚さは通常、0.1ミクロンですが現在の金閣寺は0.45~0.55ミクロンと通常の金箔の約5倍の厚さになっています。



金閣寺創建時の金箔の厚さは今に伝わっていませんが「恐らく、現在の方が厚いのでは」とは、金閣寺のある鹿苑寺の弁です。



もちろん、総費用は義満の時の方が多かったと思われますが、こと金に関しては我々は義満以上に豪華なものを眺めているのかもしれません。


紫色のもつ意味とアメシスト


アメシストの紫という色は、古来、神聖な色として洋の東西を問わず重要に考えられてきました。



神々や聖職者の色として、キリスト教では司教の衣裳、仏教では高僧の衣に用いられます。



日本では、朝廷が独占した時代もありました。



紫が高貴な色であった事が、アメシストを高貴な宝石に高めた理由です。



特にキリスト教では、ワインがキリストの血の象徴であった事から、東洋以上に霊石としての価値を持ちました。



宝石は古代から、色において価値を求められました。



教会の宝物や、博物館の「カラーストーン」たち。



ダイヤモンドの登場で、その地位は取って代わられた感がありますが、アメシストの物語によって、古代の人々は宝石の色に何を求めていたかが分かります。



ギリシャやローマの神話に宝石物語を通じて、人々の自然の石に抱いた神秘性に思いを巡らす事ができます。



アメシストは宝石の色の原点だと言えるかもしれません。


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アメシストの語源


アメシストの名前は、ギリシャ語の「アメチュストス」が語源と言われ、赤ぶどう酒の意味をもちます。



紫色に意味があり古代には神聖な力を持つ宝石とされてきました。



ギリシャ神話の中では「豊穣の神」「酒の神・ディオニス」の石、ローマ神話の中では「酒の神・バッカス」の石として語られています。



バッカスに愛された妖精アメシストはダイアナの嫉妬を受け、石に変えられた。バッカスは嘆き悲しみ、石になった妖精に赤ワインを注いだ。



石は瞬く間に紫色に輝く宝石に変わった、という物語。



以来、美しい紫の宝石をアメシストと呼ぶようになりました。



ギリシャやローマの時代に共通するアメシストの物語です。



現在でも、ローマのバチカン博物館の美術品中に、紫水晶で作られた聖杯や器、聖職者の為の献上品として多く見る事ができます。


アメシストは水晶


2月の誕生石であるアメシストは「紫水晶」。



歴史の古い宝石です。



アメシストは、貴石ではなく半貴石の代表にです。



産出量は多く稀少性があるとは言えないからです。



水晶であるアメシストが、紫の色を持つのは鉄の成分が自然の作用によって変色する為だと言われています。



元々、変化する成分を含んでいてその色になる「素質」を持ち合わせているので、熱の作用によって色が変わります。



良いアメシストで高価な物になると、美しさとクリア感があります。



鮮やかな赤紫、気品漂う青紫は稀少性も高く「宝石 アメシスト」と称するのにふさわしい物です。



近年お勧めのアメシストは、淡いピンク色が混じったアメシストが美しいカットと共に登場しています。



名前を「ローズ・ド・フランス」と言います。



その名の通りに女性らしい清新さと若々しさが魅力です。


ロードライトガーネットとは


ガーネットには、代表的な5種類の宝石があります。



そのうちのアルマンダイトとパイロープの種類が、古代のエジプトから、人間との深い関りを持ってきました。



これらは、鉄とマグネシウムの成分を含む為、代表的な色としては深赤色、暗褐色から、より明るく薄い血赤、ピンク赤色となります。



産出量が多い為に稀少的な価値は望めませんが、個別に持つ色の美しさと透明感がガーネットの価値を決める要素です。



なので、ガーネットは価値判断は正しくありません。



赤い色は「情熱、愛情、力」の象徴的な色です。



ガーネットは存在感がある代表的な宝石です。



近年、赤紫色のガーネットが産出されています。



30年ほど前から日本でも一般的にですが、名前は「ロードライトガーネット」。



色みは、紫が入った赤やシャクナゲの赤です。



美しいロードライトガーネットは気品があり、高貴なイメージで赤い宝石の代表格になっています。


ガーネットの色と種類


1月の誕生石である「ガーネットは赤い宝石の代表」ですが、それは正確ではありません。



ビクトリア時代に、ヨーロッパで多く出回ったボヘミア産の「暗赤色の宝石・ガーネット」からきている一般的なイメージの言葉です。



ガーネットの語源は、ラテン語のgranatus(種子)で、原石が産出される時、結晶の形状と色がザクロの種に似ていた事からきているようです。



ガーネットには5種類あり、少しずつ成分が違い、従って色や特性も違います。



これら全体をまとめるとガーネット族の宝石となります。



1月の宝石としてのガーネットは、価格もさまざまで奥深く多彩な表情がある「難しい宝石」の代表です。



ちなみに、店頭で人気の高い「美しい赤紫色・ロードライトガーネット」は、価格も程々で宝石として個性的な色合いが特徴的です。



同様に太陽光で青緑色、白熱灯下で紫赤色になる「アレキサンドライトタイプ」のガーネットもあります。


誕生石の歴史について



新約聖書によると、古代エルサレム城壁の土台は様々な宝石で飾られていたそうです。



第1の土台にジャスパー、

第2にサファイヤ

第3はカルセドニー、

第4はエメラルド

第5は縞メノウ、

第6は赤メノウ、

第7はペリドット、

第8はベリル、

第9はトパーズ

第10はグリーンカルセドニー、

第11はブルーサファイヤ

第12はアメシスト、の12種類。



また「宝石誌」の中には、ユダヤの構想の胸当てにはめ込まれる物として12種類の宝石が登場します。



歴史で「12」の数字の意味は、月数や星座数のように、一年を計る上で大きな意味があります。



古代から宝石は「12」に当てはめられ神秘の力を持つ物として関連付けられてきました。



誕生石は、そんな文化の中で語り継がれてきたような側面があります。



それを定義付けようとしたのは、アメリカの宝石組合が1912年に取り決めたとの事です。



以来、各国がそれを基にして現在に至ったのです。


ダイヤモンドの美しさは光の中が秘密


ダイヤモンドは等級がつけられる唯一の宝石です。



その理由は、無色で、透明で、良いカットを等級付けする事によって、結晶の純粋性と稀少性を判定するのです。



宝石には色があり、稀少性や耐久性とともに「美しい色の評価」が大切です。



それに対して、ダイヤモンドは無色透明が尊ばれます。



光を反射し、屈折させ、分散させる。



今ここに溢れる光を取り込んで「光が持つ秘密」を美の要素として私たちに届ける唯一の宝石だからです。



光がダイヤモンドの中を通過して外に出るまでに、光のスペクトルに分解されて虹色の輝きをするのです。



透明な他の宝石をダイヤモンドと同じにカットしても、この美しい輝きは得られません。



3つの美の元は光。



光に反射し、光を取り込み、光を変える力を持つダイヤモンド原石は、無色で純粋であればあるほど、価値が高まります。



そして、カットの優秀さが加わり等級付けが完成します。



優秀なダイヤモンドには、どれも欠く事のできない大切な要素です。


ダイヤモンドはなぜ日本では採れないのか


多くの宝石は、世界各地で採掘されます。



稀少性の高い物かは価格でわかります。



例えば、美しい色をした宝石でも大量に採れる物は「安い宝石」になります。



宝石の条件は「美しい、稀少性、耐久性」の3つ。



水晶ダイヤモンドを比べれば、価値の差は歴然です。



どこでも採れる水晶に対して、ダイヤモンドは極めて限られた場所で採掘されるだけ。



約9億年以上前、地球が活発に活動していた頃、マントルの中に出来上がり、数億年かけて地球の表面近くまでマグマと共に登ってきました。



マグマは冷えて固まり「ブルーグランド」と名付けられた鉱石のパイプ。



その中にダイヤモンドが含まれていたのです。



日本は、比較的新しい地殻の上に存在する国です。



すなわち、約6億年前以内に生まれた「ダイヤモンドに縁のない残念な地」です。



現在は、アフリカ、シベリア、カナダ、オーストラリアに限られています。



それぞれの場所で採掘されるダイヤモンドには、その土地ならではの特性もあります。


ダイヤモンドは地球上でもっとも硬い石


ダイヤモンドは、8億年以上昔、地球の最も活動的だった時に、安定した炭素の原子同士が高温と高圧の条件下で奇跡的に結び付き、結晶化しました。



その安定度は、どんな酸やアルカリにも影響されにくい程で、同時に他のどんな石も、金属も傷をつける程です。



古代の人が、この石に初めて接した時は、神秘的な力に畏敬の念を持った事でしょう。



「何物にも侵されない・強いもの」は、権力者や王の象徴ともなりました。



ダイヤモンドの硬度を最高値の10と決め、その次はコランダム(ルビーサファイヤ)が9です。



最高の硬度10から1まで、その「順番を決めたのがモース硬度」になります。



毎日身に付けていても、ゴミやほこりに強く傷つく事はないでしょう。



美しい輝きを放つダイヤモンドは、いつまでも「出会った思い出」を残し続けます。



現代の女性達の愛の証が永遠の持続となる事を約束してくれるはずです。


ダイヤモンド原石とカット


金やプラチナは毎日、1g あたりの取引相場が出ます。



同じようにダイヤモンドの原石も、1カラット重さあたりの取引相場があります。



これらには決定的な違いがあります。



貴金属は精錬して溶かして、形を変える事ができる物であるのに対し、ダイヤモンドは採掘された原石は加工が不可能、純度を高める事もできず形を変える事もできないのです。



つまり、ダイヤモンドはそのままの形を生かして、重さを失わず価値を高めた宝石としての形を実現しなければなりません。



傷などを避け最大の大きさで、最も美しい輝きを実現するカットを施すには、高度な技術と伝統が重要です。



わずか数ミリの大きさでしか採掘されないダイヤモンド原石



その形を最大に生かした研磨があり、その結果、私達が楽しめる美しい宝石、ダイヤモンドの世界が生まれるのです。